夜襲

二人は息も切れ切れに、屋敷の前に辿り着いた。
そこには。
轟々と音さえ立てて、激しい紅蓮の炎に包まれるアーゼンフォード邸があった。
「これは……」
呟くユナンが次の危機を予測する前に、それは起こった。
背中に熱い衝撃が走る。
「なっ……!?」
慌てて身をよじろうとするが、ふらりとバランスを崩し、そのまま横倒しに倒れる。
何が、起こった……!?
「ユナン!?」
そう名前を叫んだアリアは、次の瞬間前のめりに倒れる。
揺れる視界の中で、辛うじてそれだけが見えた。
それだけが見えて……ユナンは再び意識を失った。

次に目を覚ました時には、空が見えた。
薄く日の光がのばされたような色をした空に、小さな星々が微かに見えた。
いささか冷たい風が吹き抜ける。
暫く頭がぼんやりし、何が起こったのか思い出すのに時間がかかる。
ことっと頭を横にし、地面に頬をつける。
ふと、視界に入ったのは、完全に黒く焼け落ちたアーゼンフォード邸だった。
「……っ!」
げほっ ごほっ
アリアの名を呼ぼうとして、ユナンは深く咳き込む。
そして背中に痛みを感じ、それでも身をよじってみると、
腰の辺りに深々と大振りのナイフが突き刺さっていた。
「く……っそ!」
痛みをこらえ、背中からナイフを引き抜く。体から異物が取り外される感覚。
不思議と出血は少なかった。
「アリア……アリアー!」
できるだけの力を振り絞って叫ぼうとするが、いずれもか細い声にしかならない。
――……が足りない……
意識がまた朦朧とし始めるのを、頭を振って正気を保つ。
そして腹ばいになり、手をつき体を起こそうとした。
しかし力が入らず、そのまま地面に再び伏した。
「アリア……」
――が足りない……
そこへ。
「あんだぁ?まぁだ生きてやがるのか」
聞き覚えのあるだみ声が、頭の上から聞こえた。
咄嗟に飛び起き、一瞬ふらつくが手を地面についてしゃがみこむ格好で前を睨み付けた。
「はっ。大した体力だなぁ」
その男は、教会でアリアを刺した男だとユナンは認識した。
「……アリアは、どこだ」
低く押し殺した声でそう訊く。
「その前に、ここで終わりにしてやるよ」
そう言って余裕たっぷりの足取りで、手にナイフをチラつかせユナンに近付いてくる。
ユナンは思った。
――こいつは、知らない。
じっと、待つ。
その機会を。
そして男がナイフを振り上げた瞬間――その手をめがけ、精一杯腕を伸ばし飛び上がる。
掴んだ!
思ったその時、ユナンは片手でその屈強な男を投げ飛ばしていた。
その手からナイフが落ちる。
「っくぅっ!?」
うめき声を上げる男。以前のユナンになら、そのような腕力はなかっただろう。
しかし今は……
考える間もなく、もう一度、今度は上からその男に飛び掛る。
太い首を片手で押さえつけ、もう片方の手にはナイフを握る。
男は恐怖で見開いた両の目をユナンに向け、命乞いをする。
「まっまて!やめてくれ!お前が知りたいのは、あの女の居場所だろう!?」
そう言ってくる。
確かに、それを聞かない事には始まらなかった。
「どこだ」
短く訊く。
「……村が見える、一本木がある丘だ」
男は焦った様子でそう答えた。
――そうか……
ユナンはやけに冷静な自分を妙に思いつつも、冷たい視線を男に向けた。
片手で男を押さえつけて尚、男はぴくりとも動けない。
それほどまでの力がついたのか……
そしてユナンはすうっと一度目を細め、もう片方の手で男の腕をつかんだ。
「なっ何をするっ!?ぐっがあぁぁぁぁっ」
驚いた男が次に発したのは痛みによる叫び。
ユナンは男の手首を口元に持っていき、かぶりついていた。
口の中に広がる蜜よりも甘く濃いもの。
――ドクン……
尚もユナンはその男を放さない。
――ドクン……
熱く甘いものがのどを降りていく。
その甘さに頭がぼおっとして、ユナンは酒に酔うとこんな感じなのかも知れないと思った。
男の絶叫は次第にか細くなり、やがて聞こえなくなる。
皮膚は弾力性を失い乾燥していき、無数のしわになった。そして。
動かなくなった男を一瞥もせず、ユナンはゆらりと立ち上がる。
「アリア、今行く」
その瞳はまっすぐ前を見つめていた。


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