思い

安作りの椅子にアリアが腰掛ける。それを見てエドワードも腰を下ろす。
暫くの沈黙が流れた後、アリアは微かに微笑んで、こう言った。
「エドワード、少しおじさんになったかしら?」
優しい穏やかな笑み。
エドワードはふっと笑って答える。
「老けたんだよ。あれからもう何年だい?君は……何一つ変わってないね」
生血に支えられた生命は、老いさえ遠ざける。
アリアは笑みを浮かべたまま、エドワードをただ見つめていた。
エドワードは一度視線を落とし、それから真剣な眼差しでアリアの瞳を見つめ、
ややしっかりした口調で言う。
「アリア、ユナンの事だけど……」
「初めて会った時は、あなたに似た人を見つけたと思ったの」
エドワードの言葉に付け足すように、少し早口でアリアは言った。
そしてそっと目を閉じ、言葉を続ける。
「でも話すにつれて、確信したわ。あなたの子だって」
アリアが少し嬉しそうに見えた。
「ユナンの事は……その、僕の息子だから?」
戸惑いとも不安とも取れるような揺れる瞳で、エドワードは尋ねた。
「最初は……ええ、そうだったわ。あなたに似ていたから。でも……」
アリアはそう言って一度言葉を切って、そしてあとに続いて言葉を舌に乗せようと思った。
思ったが。
「……でも、今は違うんだね?」
そう優しく続けたのはエドワードだった。
初めは似た面影を追っていたが、いつしか見つめていたのは目の前の一人の男性だった。
アリアはただ目を瞑り、黙って必死に堪えていた。
そして言葉を紡いだのはエドワードだった。
「アリア……君のその気持ちが分かってて、こう言うのは酷だけど……
 息子を、ユナンを連れて行かないでくれ」
尚も目を閉じたままのアリア。
「勝手なお願いなのは分かってるんだ。二十年前も君にだけ痛みを背負わせた。
 でも……息子を僕から奪わないでくれ」
アリアはややあってから、ゆっくりまぶたを持ち上げ、そして言った。
「分かってる……分かってるわエドワード。
 ユナンに自分の身を明かした時に、こうなる事は分かっていたの。
 だから……心配しないで、エド……」
そう言ったアリアの頬を、幾数もの光の粒が伝い落ちた。

いつもは軽いはずの店の扉が、今日に限って重々しい音を立てて開く。
「アリア!」
店の奥から出てきたアリアに、店先から声をかけるユナン。
アリアの顔に表情はない。
「アリア……」
ユナンは名前を呼ぶ他に、言葉が見つからなかった。
「話はすんだかね」
横柄に言ったのは村長だった。
「すみました。私は……私はもうこの村とは一切の関わりを持ちません。
 そこの、ユナンとも。あとは、犯した罪への罰を受けるだけです」
「アリア!?」
抑揚のない声で言ったアリアに対し、ユナンは眉間にしわをよせ叫んだ。
「何を考えてるんだアリア!?もう関わらないって……それに罪って何だよ!?」
しかし、いくら力いっぱい問い詰めても、アリアは無表情で虚空を見つめ、
ユナンとは視線を合わそうともしない。
そして、また冷たい声でアリアは言う。
「ユナン、さっき村長が仰った通り、
 私はあなたをエドワードの代わりとしてしか見てなかったわ。
 今エドワードと話して、それが良く分かったの。だから、もうこれでお別れよ。さようなら」
矢継ぎ早に言葉を並べるだけ並べ、ユナンに背を向け立つアリア。
それを見計らったかのように村長は、未だ周りを取り囲んでいる群衆に目配せした。
途端に群れから何人かの屈強な男達が、
縄だの何だのを持って一歩二歩前へ出て、見る間にアリアを捕らえる。
細い体を、丸太のような腕が押さえつけた。
「アリア!」
幾度目だろう、名前を叫んでアリアの方へ駆け寄ろうとしたユナンも、また別の男達に捕まった。
「アリア!アリア!!」
しかしいくら名前を呼べども、アリアが振り向く事はなかった。
そして、ユナンは後頭部に衝撃を感じたかと思うと、意識が暗転した。




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