敵意

ユナンにはわけが分からなかった。
それとも、女の子とはやはりそれほど繊細な生き物なのだろうか?
結局あの後ユナンは材料とアリアを残して、屋敷を後にしたのだ。
その帰り道に色々考えてはみたが、思考の同道巡りで収拾がつかなかった。
ユナンが村に着いた頃、夜の帳は下り、辺りはすっかり暗くなっていた。
家々から香る夕食のにおい。
そう言えば、今日は自分の夕食は家に用意してあるだろうか?
ふとそんな事が頭をよぎる。
しかし考えてみれば、今日は友達と夕食をとると言ってあるので、
用意してあるはずがなかった。
それでも何かしら家にはあるだろうと思い、そのまま帰ることにする。
「ただいまー」
木でできた家の扉を開け中に入ると、意外な来客がいた。
薄毛でずんぐりむっくりの村長だった。
「おかえりユナン」
硬い表情で出迎えたのは、父親のエドワードだった。
母親のエマも俯いて客間の椅子に座っている。
いつもとは違う雰囲気にユナンは何事かと、それぞれの顔を見回す。
「まあ座りなさい」とエドワードに言われ、客間の一席に座る。
ユナンが着席したのを確認し、まず口を開いたのは村長だった。
「ユナン、お前が最近出入りしているという……」
「ちょっと待って下さい」
その村長の出鼻を挫いたのはエドワードだった。
「私から、いいですか?」
そう一言いうと村長も黙って頷き、今度はエドワードが話し始めた。
「今日は早かったんだね。友達と食事じゃあなかったのかい?」
優しい声で言う。
「ああ……うん。でも……」
でも何なのか。
どういう理由があって早く帰ってきたのか、それは自分でも分からない。
端的に言えばアリアに追い出されたのだが……その事実は認めたくなかった。
次に、エドワードは少し言葉を選んで話した。
「ふむ。そのお友達っていうのは、……森の館のお友達だね?」
心臓が跳ねる。
 ――バレた――
「どうなんだユナン?」
村長が聞いてくる。
考えてみれば、別に自分は何か悪い事をしたわけではないのに、
何故こんな風に大人達に囲まれ尋問されなければならないのだろう。
そんな事を考えながら、ユナンは押し黙っていた。
そんなユナンの様子を見かねた村長が、こんな事を言った。
「いいかユナン、お前はまだ詳しくは知らないだろうが、
 あそこには恐ろしい魔物が住んでいて……」
「アリアは魔物じゃない!」
陳腐な脅しをみなまで言わせずユナンが遮る。
ユナンの言葉にエマが顔を上げ、一同もはっと息を呑んだ。
「やはり魔物に取り付かれておったか!」
村長が声を上げる。
ユナンは全身が焼けるような感覚に襲われた。
どうして大人はこうも……!
そして声を上げる。
「村長!あなたは何も知らない!父さんも母さんも!」
言って村長、エドワード、エマのそれぞれを睨み付けた。
尚もユナンの気持ちは収まらない。
「アリアが一体何をしたって言うんだ!?
 アリアがどんな子か知らない癖に、みんなで勝手に決め付けて!」
その言葉に、一同に沈黙が落ちた。エマは再び下を向き、村長は目を逸らしている。
暫くあって村長がため息をつき、きっぱりとした口調で言った。
「とにかく、もうあそこへは行かない事だ。
 でなければユナン、お前には村を出て行ってもらわねばならん。よいな。」
そう言い捨てて、村長はそそくさと出て行った。
何という仕打ちか。理由も何も話さずのまま、ただ「関わるな」の一点張り。
守らなければ村を追い出す、と。これでは到底ユナンが納得できるはずがなかった。
「何なんだよ!!」
言って椅子を一つ蹴倒した。尚も煮えたぎるような感覚がユナンの全身を支配していた。
父も母も何も教えてはくれない。何も言おうとしない。
吐き気がする。
どうすればみんな信じる?どうすればみんな誤解だとわかる?
ユナンは椅子に座り込み、手で顔を覆った。
そんな様子を見てエドワードが声をかける。
「ユナン……」
しかしユナンは取り合わず、無言のままだった。
そして次の瞬間ユナンは急に立ち上がると、黙って勢い良く家から飛び出した。
「ユナン!」
母親の制止の声も届かず、ユナンは暗闇へと呑み込まれていった。




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