動き

「ユナン、ちょっと良いかね」
 そう言って呼び止められたのは、店のお使いのついでに、
村の通りをふらふらしている時だった。
 呼ばれた声に振り返ると、そこには薄毛でずんぐりむっくり、
眼鏡と口ひげを蓄えた男が立っていた。小ざっぱりした身なりをしている初老のその男は、
ユナンの知っている顔、この村の村長だった。
「なっ、何ですか、村長……」
 ユナンは途端に緊張した。自分が何かやらかしただろうか?
「村の衆から聞いた話だが、お前はあの『奇人の館』に出入りしてるのか?」
さぁどう説明するか。
いや、どうも何も噂はただの噂で、根も葉もなく、
あそこには綺麗な少女が一人住んでいるだけなのだが……。
何しろあそこは言わば村人の禁忌。
そこへ出入りしているとなれば、事実はどうあれ大人達が騒がないわけがない。
どう言おうか迷っている内に、また村長が口を開く。
「まぁいい。どうであれ、あそこには近付くな。
  あそこの魔物に取り付かれた者が村から出たとなれば、それこそ村ごと全滅だ」
みぞおちに重く圧し掛かる不快感。
――アリアは魔物なんかじゃない!!
ともすれば噴出しそうになる言葉。
爪が食い込むほど両の手を強く握りしめる。
ユナンは極力平静を装い、低い声で静かに言った。
「僕には……何の事か分かりませんが。……すみません、今日はもう帰りますね」
そう言って、ユナンはその場を後にした。

 風渡る一本気の丘。
いつものように二人であれやこれや話しこんでいる中、ユナンはふと切り出した。
「そう言えばさー、村の村長、いや、村の大人達ってやっぱり変だよ」
アリアは静かに聞いている。
「アリアの事、いや、気を悪くしないでほしいんだけど、
  アリアの家の事、魔物が住んでるから近付くなって。
  魔物に取り付かれたら村が滅びるってまで言うんだ」
途端にアリアの表情が一気に強張っていくのが、ユナンにははっきりと分かった。
「あっいや、何て言うか、所詮噂だし!村の皆は知らないだけなんだよ、アリアの事」
慌てて言いつくろう。
しかしアリアは青ざめたまま、俯いてしまう。
更に焦ってユナンは言葉を探したが見つからず、話題転換をする事にした。
「そう言えばさ、アリア。今度、また家に遊びに行っても良いかな?」
するとアリアは顔を上げ、
「えぇ……良いけど……」
その答えを聞いてユナンはにっと笑う。
「じゃぁ今度の日曜、夕方に行くよ!」
「夕方?」
いつもはお昼前からおやつ時にかけて会う二人である。
この時間設定に、アリアは少し疑問を抱いた。
しかしユナンは気にせず続ける。
「ふふふん。何があるかは、お・た・の・し・み!」




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