はじまり

緑の山々が連なり、その合間に小ぢんまりとした村がある。
レンガ造りの家々が建ち並ぶ通りは、休日であってもそう人気は多くない。
村の中央には背の高い教会が建っていた。
そんな村を見下ろす小高い丘に、一本だけ大きな木がある。
空は快晴。
そよぐ風に優しくなびく草原。
風に混じるかすかな春のにおい。
昼寝をするには気持ちのいい風が吹き渡っている。

そんな中少年は、木の下で惰眠をむさぼっていた。

気持ちよさそうに寝息を立てる少年。年の頃は十七〜八だろうか。
癖のないくすんだ金髪で、袖をまくったシャツにベスト、それを少し着崩して着ている。
少年は暫く春の風に吹かれていたが、やがて大きな伸びをし、一つ寝返りを打って目を覚ます。
大きなあくびをし……
 ふと。
目の前に座っている誰かと目が合った。
若草色の、絹のように細く艶のある長い髪を風になびかせる少女。
肌の色はひときわ透き通って白く、吸い込まれそうなほど深い緑の色をした瞳。
その少女は優しい顔で、少年を見つめて……いや、眺めていた。
 目が合ったまま、暫く時が止まったのかと思った。
「えーっと……」
言葉に詰まる少年。
ふと我に返った少女は、少し申し訳なさそうにして言う。
「ごめんなさい……起こしたかしら?」
「い……いや……」
あまり見つめていると、本当に吸い込まれそうで、少年は思わず視線を下に向けた。
すると。
「わーーーっっ!?ごめんっ!」
沢山の花が少年の下敷きになり、ぐちゃぐちゃになっていた。
さっき寝返りを打った時に敷いてしまったのか…
「いいんです」
しかし少女は全く怒る素振りもなく、ただやわらかく微笑むだけ。
つられて少年も思わず微笑む。
 ――何だか、ほっとする人だ…

 それが、少年と少女の出逢いだった。

「オレ、ユナン。君は?」
「私はアリア。アリア・アーゼンフォード」
一度和んだ二人、ユナンとアリアは、木の根元に腰掛けて話をしていた。
「アリアか。いい名前だね。この辺では見かけない気がするんだけど……?」
何せ広くはない村だ。同じ村に住んでいるなら、一度はすれ違ったことくらいある筈なのだが……
するとアリアは少し複雑な顔をして、
「私、体が弱くて、あまり外には出られないから……」
そう答えた。
「そっかあ……じゃあ毎日退屈じゃない?」
「……ええ、まあ……」
ストレートに聞いてくるユナンに対し、アリアは少し苦笑して答えた。
「そっかー」
そう言ってユナンは低くうなる。落とした視線の先に、さっき自分が潰してしまった花束が映る。
「アリアは花が好きなんだ?」
潰れてしまった花束を見て、ユナンは尋ねた。
「ええ、家にも沢山花があるわ。この花もうちで育てたものよ」
「へえ。実はオレんち、花屋なんてやってたりするんだ」
自慢げに言う。
「お花屋さん?」
少し驚いたような表情で問い返すアリア。
「そうそう。あっ、アリアが花好きならさ、いっぺんうち来てみるといいよ。
  すんげぇいっぱい花があるんだぜ!」
言ってユナンは楽しそうにカラカラ笑う。
「ええ」
そう言ってアリアも嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、ユナンは毎日お家の手伝いをしているの?」
「まさか。俺は花屋なんかじゃなくて、国と国とをまたにかける冒険者になるんだ!」
そう言って熱く拳を握り締めた。
そんなユナンを見ていたアリアは、花のように綺麗に儚く微笑んで、一言「素敵ね」と告げた。
ユナンにとっては初めてだった。こんな風に笑う女の子と出会ったのは。

  リーンゴーン

「あーっやっべ!もう戻らないと!」
村にある教会の鐘が告げた時間に、弾かれた様にユナンは慌てた。
少し寂しそうな、複雑な表情をするアリア。
「また……会えるかしら……?」
その言葉に一瞬止まり、ふと思い付いたようにユナンが尋ねた。
「アリアは、たまにここへ来るの?」
「ええ、景色を見に……週に一回くらい」
「そっかー」
そう言ってユナンは暫く何やら考えて、
「んじゃ次の日曜ここで!」
言ってにっと笑い、手を上げた。
その言葉にアリアは驚いたらしく、きょとんとしていた。
「俺、日曜はいっつもここで昼寝してるからさ」
そう言ってユナンはまた、人好きのする笑顔でニッと笑った。
アリアはあっけに取られて、それから少し視線を落とし、不安そうに問うた。
「……迷惑じゃあないかしら?」
ユナンはパタパタ手を振り、再びアリアに笑いかける。
「ぜーんぜん!俺もアリアと話せると嬉しいし!」
その言葉を聞いて、ふんわりやわらかく笑うアリア。
二人は幾度目かのお互いの微笑みを交わした。 



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